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福岡地方裁判所 昭和31年(行)28号 判決 1957年3月19日

原告 田中鉱業株式会社 外一名

被告 福岡通商産業局長

訴訟代理人 今井文雄 外三名

主文

原告等の本訴請求中各試堀権消滅の登録の回復登録手続を求める部分の訴はこれを却下する。

原告等の本訴請求中各試堀権取消処分の無効確認及び原告若江百恵の試堀権出願許可取消処分の無効確認を求める部分はこれを棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は「被告が原告田中鉱業株式会社に対し昭和三十一年五月九日した熊本県登録番号第六二一九号熊本県阿蘇郡阿蘇町地内鉄鉱二万三千九百三十八アールの試堀権取消処分が無効であることを確認する。被告は原告田中鉱業株式会社に対し昭和三十一年五月九日した右試堀権の消滅の登録につき回復登録手続をしなければならない。被告が原告若江百恵に対し昭和三十一年五月九日した熊本県登録番号第六二二〇号熊本県阿蘇郡阿蘇町地内鉄鉱三万五千アールの試堀権取消処分及び昭和三十一年四月十三日した熊本県阿蘇郡阿蘇町地内鉄鉱三万四千八十三アールの試堀権出願許可取消処分が無効であることを確認する。被告は原告若江百恵に対し昭和三十一年五月九日した前記熊本県登録番号第六二二〇号試堀権消滅の登録につき回復登録手続をしなければならない。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、

その請求の原因として「訴外平和鉱山株式会社は昭和二十七年十二月十六日熊本県阿蘇群阿蘇町地内鉄鉱二万三千九百三十八アールにつき試堀権設定の出願をし、原告田中鉱業株式会社は右訴外会社から右出願人たる地位の譲渡を受け、昭和三十年十二月八日被告に対しこれが名義変更の届出をし、同月二十八日附で右出願の許可を得、昭和三十一年二月一日熊本県登録番号第六二一九号をもつて試堀権設定の登録を受けたところ、被告は昭和三十一年五月九日附で右出願の許可は当初の出願が平和鉱山株式会社という実在しない会社の出願であることを知らないでしたものであり右許可は錯誤に基くものであるとして右試堀権を取消し、原告会社に右取消の通知をした上、前記試堀権設定登録の消滅の登録をした。又前記訴外会社は昭和二十七年十二月十六日熊本県阿蘇郡阿蘇町地内鉄鉱三万五千アール及び同所地内鉄鉱三万四千八十三アールにつき試堀権設定の出願をし、原告若江百恵は右訴外会社から右出願人たる地位の譲渡を受け、昭和三十年十一月三十日被告に対しこれが名義変更の届出をし、被告から右出願の中三万五千アールについては昭和三十年十二月二十八日附で、三万四千八十三アールについては昭和三十一年三月八日附でその許可を受け、前者については昭和三十一年二月一日熊本県登録番号第六二二〇号をもつて試堀権設定の登録を受けたところ、被告は前記原告田中鉱業株式会社に対すると同一理由で前者については昭和三十一年五月九日附で右試堀権を後者については同年四月十三日附で右試堀権設定出願許可を取消し、原告若江に右取消の通知を、した上、右試堀権設定登録の消滅の登録をした。ところで、右訴外会社が実在しないものであることはその後の調査で判明したが、原告等は右訴外会社から正当に出願人の地位の譲渡を受けたものであり、国の機関である被告が右出願を受理した以上、右訴外会社は実在するものと信じていたもので、実在しない会社であることは全く知らない善意の第三者である。しかも右出願人の地位の譲渡を受け、被告に対しその旨届出をした以上、右試堀権設定の出願人はそれぞれ原告等であり、原告等にして実在する以上、もとの出願人が不存在であつたとして錯誤を理由として取消をすることはできない。よつて被告の右取消処分は鉱業法第五十二条に規定する錯誤の解釈を誤つた無効のものであるから、これが確認を求めるため本訴に及んだ。」と述べ、

被告指定代理人等は、本案前の答弁として主文第一項同旨の判決を求め、

その理由として「被告が原告等主張の試堀権消滅の登録をしたのは鉱業登録令第四十六条に基くものであつて、試堀権の取消に伴う職権の発動に外ならない。ところで右試堀権の取消処分の無効が本訴において確定すれば、被告はこれに拘束され遅滞なく職権でその回復の登録をすべきであることは、鉱業法及び鉱業登録令の法意に照らし明らかなところであつて、かかる回復登録手続は行政庁たる被告の公法上の義務に属する行為である。してみれば原告等が試堀権消滅の登録の回復を被告に求めることは、行政庁に対し行政上の処分の給付を求めることに帰し、かかる給付を裁判上命じ得る特段の規定もないから、裁判権のない事項について判決を求めるものとして却下さるべきである。」と述べ、

本案につき主文第二、三項同旨の判決を求め、

答弁として「訴外平和鉱山株式会社が原告等主張の日時原告等主張のような試堀権設定の出願をしたこと、原告等がそれぞれ原告等主張の日被告に対し右出願につき名義変更の届出をしたこと、原告等主張の日に被告が原告等主張のような出願の許可及び試堀設定の登録をしたこと並びに原告主張の日、被告が当初の前記試堀権設定出願をした平和鉱山株式会社が実在しないものであつて錯誤に基きこれを許可したものとして、前記試堀権及び試堀権設定出願許可を取消し、原告等にそれぞれその旨通知し、試堀権については消滅の登録をしたことは認めるが、その余の原告主張の事実は争う。

被告が右各試堀権設定出願を許可した後当初の出願人である訴外平和鉱山株式会社は調査の結果実在しないことが判明した、実在しない鉱業出願人名義の出願は無効である。もつとも実在しない者の名義で鉱業権設定の出願をした場合にも、実際上出願をした者は存する訳であるが、そもそも虚無人名義で鉱業権設定の出願をすることは許されない。けだし鉱業法第二十七条第三項によれば区域が重複した多数の出願が存し、かつ願書発送の日時が同一であるときは、通商産業局長において公正な方法でくじを行い優先権者を定めることとされており、虚無人名義の出願を実際の出願人の出願と認めるときは、出願人が多数の虚無人名義で同時に願書を発送し、その者のみが多数のくじを引くことになり、くじの当選の確率を高める結果を招くこととなり、法の期待する公正を害するからである。ところで鉱業出願人の出願が有効に成立した場合には、その出願が許可の要件を具備することを条件として将来鉱業権の設定を受けるべき法律上の地位を取得するものであり、殊に鉱業法ではいわゆる先願主義を採用しているため、時間的に後れた他の出願人に対し優先する効力をもつので、かかる出願人の有する出願上の地位は、取引の対象たり得る経済的利益を有するものであつて、法律上保護に値するものであるから、鉱業法は鉱業出願人の名義変更によつて出願上の地位の移転を認めているのであるが、名義変更によつて新たに鉱業出願人の地位を取得した者は、出願の優先権をも含めた旧出願人の地位を承継するものであるから、元来の出願が有効になされていなければならないのであつて、もとの出願に瑕疵があればその瑕疵は新出願人に承継されるのであり、もとよりその瑕疵について新出願人の善意悪意は問うところではない。してみれば、平和鉱山株式会社名義でされた試堀権の出願は、すべて虚無人名義でされた無効のものであるから、かかる出願上の地位を承継した原告等は、たとえ名義変更手続を経由していても、何ら出願人の地位を取得したものではない。被告は原告等に対し、当初の出願人が実在するものと誤りその出願を許可した後、調査によつて当初の出願人の実在しないことを発見した。従つて右許可はその前提である出願を欠くのと同一に帰し、被告が右出願を有効なものとしてした許可は行政行為の要素に錯誤がありかつ違法な処分である。よって被告は熊本県登録番号六二一九号、同六二二〇号試堀権につき鉱業法第五十二条の規定により鉱業権の取消をした上鉱業登録令第四十七条によりこれらの登録につき消滅の登録をし、熊本県阿蘇郡阿蘇町地内鉄鉱三万四千八十三アールの試堀権設定出願許可は前記のような重大な瑕疵がある上、このような違法な許可を取消さないことによつて既に同一地域に対し時間的に後れて出願した出願人又は出願し得べき者の権利を違法に侵害することとなるから、一般の行政法上の法理に基きこれを取消したもので、右各処分にはいずれも何ら違法はない。仮りに(本件の各試堀権設定の出願並びにその名義変更手続が有効であり、従つてこれらに対する許可に瑕疵がなく、本件の試堀権設定出願の許可及び試堀権の各取消が違法であるとしても、その取消事由たる前記試堀権設定の出願名義人たる平和鉱山株式会社からの出願申請を無効なものとしてした本件各取消処分には外観上明白な瑕疵は存せず無効とはいい難いから、原告等の請求はいずれも失当である。」と述べた。

立証<省略>

理由

訴外平和鉱山株式会社が被告に対し昭和二十七年十二月十六日熊本県阿蘇郡阿蘇町地内鉄鉱二万三千九百三十八アールにつき試堀権設定の出願をしたこと、昭和三十年十二月八日原告田中鉱業株式会社が被告に対し右出願につき出願人名義変更の届出をしたこと、被告が同年十二月二十八日右出願を許可し、昭和三十一年二月一日熊本県登録番号第六二一九号の試堀権設定の登録をしたこと、被告が同年五月九日右出願の許可は当初の出願が平和鉱山株式会社という実在しない会社の出願であることを知らないでしたものであり、右許可は錯誤に基くものであるとして右試堀権を取消し、原告会社に右取消の通知をした上、右試堀権設定登録の消滅の登録をしたこと、前記訴外会社が被告に対し昭和二十七年十二月十六日熊本県阿蘇郡阿蘇町地内三万五千アール及び同所地内鉄鉱三万四千八十三アールにつき試堀権設定の出願をしたこと、昭和三十年十一月三十日原告若江百恵が被告に対し右出願につき出願人名義変更の届出をしたこと、被告が右出願の中前者については昭和三十年十二月二十八日、後者については昭和三十一年三月八日それぞれこれを許可し、前者については昭和三十一年二月一日熊本県登録番号第六二二〇号の試堀権設定の登録をしたこと、被告が前記原告田中鉱業株式会社に対すると同一理由で前者については昭和三十一年五月九日右試堀権を、後者については同年四月十三日試堀権設定出願許可をそれぞれ取消し、原告若江に右取消の通知をした上、右試堀権設定登録の消滅の登録をしたこと、右訴外会社は実在しないことは当事者間に争がない。

そこで先ず被告のした試堀権及び出願許可取消処分の適法性について考えてみる。

およそ鉱業権設定の出願は、鉱業権を享有しようとする意志の表示であるから鉱業権享受能力のない者は鉱業権設定の出願能力がないものであり、かかる者のした出願は、その成立要件を欠くものと解すべきところ、訴外平和鉱業株式会社が実在しないことは前示のとおりであるから、右訴外会社の出願は無効であるという外はない。従つて右出願を有効のものと誤認してした被告の許可処分は、出願がないのに許可を与えたと同一に帰し無効のものというべく、被告が前記試堀権につき鉱業法第五十二条に則りこれを取消したのは適法であることは勿論、前記出願許可につき右の瑕疵を理由として取消したのは、実質的には無効の宣言と解すべきであり、何ら違法はない。

ところで原告は国の機関である被告が出願を受理した以上、右訴外会社は実在するものと信じていたもので善意の第三者でありり、しかも名義変更の届出をした以上出願人は原告等であつて、原告等が実在するからには被告の許可処分には錯誤はないと主張するけれども、鉱業法第四十一条が出願人の名義変更を認めているのは、出願が有効に成立すれば、その効果としてその出願の内容につき審理を要求する権利を有すると共に、その出願の内容が鉱業権設定の要件を具備することの条件の下に鉱業権を設定されるべき権利を有するものであり、この権利は鉱業権取得の期待権であつて、鉱業権が財産権として譲渡その他による移転を認められている以上、その取得期待権たる出願人の地位の移転も認められるべきである点に着目しているのであるから、先ず右訴外会社の出願が成立しなければ、原告等が訴外会社の出願人の地位を譲受けるに由ないから、原告等がした名義変更の届出は無効であるといわなければならない、しかして通商産業局長が出願を受理することは何ら右出願の有効な成立を確定するものではなく、たとえ原告等が右訴外会社が実在しないことにつき善意であるとしてもこれをもつて、直ちに原告等の出願人の地位の譲受が当初の出願を遡つて有効とするものと解することはできない。しかも訴外会社が実在するかどうかを了知することは必ずしも困難ではないから右のように解することは特別に原告に難きを強いるものではない。従つて出願人たる地位の譲受人である原告等が実在することは当初の出願が無効であることに何ら消長はなく、原告らの主張は採用できない。

次に原告回復登録手続の請求について判断する。被告は本案前の答弁として、右請求は行政庁に行政上の処分の給付を求めるものであつて不適法であると主張するので考えるに、通商産業局長が鉱業権を取消した場合その消滅の登録をしなければならないこととなつているが、更に右取消処分を取消した場合の消滅の登録の回復については特段の規定がない。しかしながら右取消処分の取消により、あたかも鉱業権設定の出願が許可され、登録税の納付があつた状態となるから、鉱業登録令第四十一条を類推適用し、通商産業局長において事実上登録をすべきこととなると解するのが相当である。従つて被告に対しかかる回復登録を求めることは必要でもないし有用でもなく法的利益がないといわなければならないから原告等の右請求は不適法として却下をまぬがれない。

よつて原告等の本件請求中試堀権の消滅の登録の回復登録手続を求める部分の訴は不適法であるからこれを却下し、原告等の請求中試堀権及び試堀権設定出願の許可取消処分の無効確認を求める部分は理由がないからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十三条第一項本文を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 鹿島重夫 生田謙二 丹野達)

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